9月の八重山

とぅばらーま

このページは、毎月1回、その月の八重山を紹介していく歳時記のページです。
不思議の国、八重山の歳時記は内地のそれとはちょっと違うのです。

9月の八重山歳時記
石垣市内の平真小学校の近くの道路沿いに通称「三番アコウ」と呼ばれるアコウ樹の大木がある。
かつては、登野城の約100 m先の場所に 一番アコウ、さら二番アコウ、三番アコウと続いていたようだが、 これだけが残っていた。
この木も、令和3年7月23日の台風6号の強風のあおりを受けて倒木し、今は左半分だけが生き残って、なんとか添木して治療中だ。
 
 

「アコウ樹」はクワ科の常緑高木で「気根」と呼ばれる根を大きく広げる南方系の大木で、佐賀県や愛媛県の南予地方あたりが北限とされる、なかなか味のある南の島の樹木だ。
 

この「三番アコウ」の樹の裏側にある小さな小路が「仲筋道:なかどぅみち」と呼ばれる旧仲筋村のメインストリートで、「とぅばらーま」という八重山民謡の恋歌の発祥の地だ。

「とぅばらーま」というのは八重山を代表する民謡で、唄の島・芸能の島と呼ばれる八重山地方を代表する名曲、その語源は明らかでないが、一説では訪(とぶら)う/たずねるという言葉から来ていると言われる。
「とぅばるん」という与那国の方言があり、これは会う、出会うの意味で、転じて男女があいびきするという意味にも使われていて、これは古い言葉の「とぶらふ」、「訪れる」という意味で、古くは与那国以外の各地にもあった。それが、とぅばるん、訪れるということから、そのとぅばるんに愛称接尾語「ま」を添えて、「とぅばらーま」という言葉になったというのが正解のようだ。


もともと、この「とぅばらーま」は、野良で働きながら自分の思いを歌にして送ると、相手が歌を返してくるというロマンチックな恋の掛合い歌だった。
「なかどう道から ななけーらかようけ 仲筋かぬしゃま そうだんぬ ならぬ」
仲筋道:なかどぅみちを幾度も通っても、仲筋家の愛しい娘と語り合うこともできない

「とぅばらーま」は、こんな若い男女の胸の内を歌うこころの謡(うた)、また、人情を包み込んだ叙情歌でもあり、繊細で牧歌的な詩情と格調高い旋律によって情感豊かに歌われ、古くから広く八重山で歌い継がれてきたものだ。


八重山には、「とぅばらーまや言ずすどぅ主(いずすどぅぬし)」という言葉がある。
これは、「とぅばらーまを歌う人が主」、つまり歌い手によって、さまざまな「とぅばらーま」があるという意味だが、確かにこの唄は人十色、歌う人が自分なりの歌詞やメロディーを創って好きなように歌う。
それが上手でも下手でも、誰の唄を聴いても、妙に和やかな気持ちになれる、とても不思議な情緒あふれる名曲だと思う。


古典の代表的なメロディーや自作のメロディーに自作の歌詞をのせて唄者(うたしゃー)たちが、月夜の下で歌と三線を競い合うのが八重山の「なかどぅみちのとぅばらーま大会」で、例年、旧暦8月13日(9月中旬〜10月初旬)の中秋の名月、十三月夜の月明かりの下でこの大会は行われるのだ。この民謡大会の参加者はまさに「老若男女」で小学校3年生から86歳のお年寄りまで、老いも若きもこぞって参加するのだ。


見物人たちも、とぅばらーまの宵には、浴衣を着たり晴れ着を着込んだり、それぞれの出で立ちで楽しそうに集い、この古い歌に酔う。

とぅばらーまの宵  空には満月が・・・・

僕が初めてこの大会を観た時は、「同じ曲を大勢が代わりばんこに2時間も唄って、いったい何が楽しいのか?」と不思議に思ったものだが、最近では、味のある素晴らしい催しだと思うようになってきた。
とぅばらーま」という曲はとてもオシャレで色っぽく、この唄を聴くとオジィの域に近づいた僕でも、また恋のひとつもしてみたくもなるのだ。


とぅばらーま

なかどぅ みちぃ から ななけーら かよーん け
  仲道    路    から    七回も    通ったのに
 (仲道路から七回もあなたに逢いに通ったのに)
なかすぃじぃ かぬしゃーま そーだん ぬ ならぬ
 仲筋        乙女子は       相談  が できぬ
(仲筋家の乙女はあなたに逢うことができない)
※あなたに逢いに仲道路を7回も通ったのに、あなたに逢うことが出来ない

かなしゃーま まくぅとぅ ぬ むぬ やらば
 愛しい乙女子 が  誠実   の   者 ならば
(愛しいあなたに本当のの恋心があるならば)
うた ば しぃき ぱり きぃんだら
 歌   を  聞いて  走り  来るだろう
(私の歌を聞いたら、走ってくるだろう)
※あなたが私のことを愛しているなら、私の声を聞きつけて走ってきてくれるだろう

ふたいら まーぎぃ ぬ ぴぃとぅいら ならば
二枚      籬(まがき)  が   一枚  なったら
(まつげが重なったら)
かーら ぬ みずぃ ぬ ぴぃきぃきし はらば
川     の  水    が  引き切って  いったら
(川の水引いていったら)
※人がみんな寝静まったら、川の水が引ききったら(わたしに逢いにきてください)

うむてぃ かゆらば しんりん いちり 
思って    通うと     千里も   一里
(思い詰めて、通うと千里の道も一里)
またん むどぅらば むとぅぬ しんり
また    戻れば     元の    千里
(また戻れば元の千里)
※千里の道も、あなたに逢えることを思いながら通うと近いが、逢えずに帰るととても遠い


くんずみ や あいしどぅ すみる 
紺色     は   藍で     染める  
(紺色は藍の原色でそめるが)
かなしゃー とぅ ばん とぅや くぃむ しどぅ すみる
可愛い乙女   と   私    は   心    で  染める
あなたと私との仲は心で染める
※紺色は藍の染料で染めるが、二人の仲は愛で染める


youtubeの動画で「トゥバラーマ」を聴く


9月には、民謡大会が、八重山全域で行われるが、西表島では「でんさー」、与那国では「どぅなんすんかに」、宮古では「なーくにー」と呼ぶのだ。なんのことかさっぱり分かりません。
そう言えば、BEGINの「島人の宝」にとぅばらーまもでんさー節も、言葉の意味さえ分からない♪」という歌詞があったね。

とぅばらーま会場では、この日のために練習を重ねた参加者や飛び入りの参加者がマイクの前に立ち、とぅばらーまを歌い、老いも若きも楽しそうに集って、食事や飲み物を楽しみながら、中秋の名月の下で民謡に酔う、これって一体なんなんだろう。
内地で開催される「民謡大会」に高校生や若者が集まったりするか〜? これはたいへん不思議なことです。

この催は内地風に言えば「月見」だが、八重山の月見には団子もなければススキもなく、そこには唄があるだけで・・・・・・・・さすが唄の島・芸能の島。

  

かくして、不思議の邦、八重山の9月の夜は、三線と「とぅばらーま」と、コノハズク(ミミズクの仲間、リュウキュウコクハズクという鳥)の鳴き声とともに賑やかに暮れていくのです。
ときには、体長1m近い日本最大種の「ヤエヤマオオコウモリ」が、「とぅばらーま」に興じる唄者(うたしゃー)たちの頭上の三番アコウの梢をかすめて飛んでいきます。


        


9月の八重山の行事
八重山: 結願祭 9月〜10月頃 (旧暦8月吉日)
五穀豊穣を祈る祭り、各地で日程が違う。
八重山: 節祭(シチィ)
西表島の祖内と星立の節は国指定無形文化財
石垣島: とぅばらーま大会
民謡の「とぅばらーま」を歌い競う。
西表島: デンサ節大会 9月下旬


不思議の国八重山の9月のお話です。