の話

長寿の邦の源は・・・ 八重山の沖縄料理 八重山の魚
味の素の回し者 1リットルにあらず ドラゴンフルーツ
八重山そば
輸入食品たち
石垣牛
イセエビ
シレナシジミ
ゴーヤ
泡盛
島ラッキョウ 似て非なるもの
浜崎の奥さん

「島料理店料理長の八重山料理レシピ」へ





【長寿の邦(くに)の源は・・・】



沖縄は誰もが知る長寿の邦(くに)。
明治、大正、昭和、平成と4世代を生き、
今年数えで97歳を迎えた人のお祝いをカジマヤー(風車)とよび、
この島ではそんな長寿のお祝いも頻繁にある。

 
カジマヤーの行列は賑やかだ


沖縄の人に「長寿の秘訣」を聞くと、口をそろえて誰もが「食物がいい」と言う。

沖縄の食物は、チャンプルーに代表されるように
とても油物が多いのに・・・・・

弁当などは揚げ物のオンパレードで、脂っこい豚肉のメニューもとても多い。
そして、
どの料理も、こってりと脂がのっていて塩っからいのだ。

こんなものばかり食べていてなぜ長寿の秘訣が食物なのか?
この島に来たときから疑問に思っていたが、

やっとその理由が分かったのです。

カジマヤーを迎えるオジイ・オバアが育った時代は、
沖縄はとても貧しくて(今でも貧しいけど)
ろくな調味料もなく野菜ばかり食べて、
それなりにヘルシーで健康な食生活を送っていたのだが、

アメリカ統治の頃(1945年)から後は、
アメリカ式の食生活が普及して、沖縄は日本一の過脂食の邦となったのです。

だから、
明治、大正生まれの世代は長生きできても、
それから後に生まれた昭和・平成世代の沖縄人は、
ぜ〜ったいに、日本一早死にするようになるに違いないのです。

現に、
厚生労働省が平成28年に発表した「市町村別平均寿命」を見ると、

沖縄の女性軍は上位20都市に6市町村が入っているが、
市外で外食する機会の多い過脂食の沖縄男性の平均寿命は、
上位30市町村にも入っておらず、
貧乏な沖縄で、家庭で質素な食生活を送っている女性と比較して、
断然、早死になのは明らかなのだ。

このまま、あと20年も経って彼らが老人になる頃には、
沖縄県の男性軍は、日本一の短命にランクされるでしょう。

2004年の調査による30歳以上の成年の肥満No1県は、
ダントツで沖縄県が一番になったのだ。


沖縄人(ウチナー)のみなさん、僕の言うことをよく聞いて、

さっそく明日から
上品なだしの効いた薄味の鯛の潮汁や
ほんのり香るマツタケの土瓶蒸や、
良質の鰹節をかけた焼きナスや、薄塩を効かせた栗ごはんや、
酢橘(スダチ)をかけた焼きサンマや、
ビタミン豊富なちょっと酸っぱい柑橘類などを食べましょう!

秋になると、
この島でなかなか手に入らないそういう食物が食べたくて、食べたくて・・・・

ついつい愚痴も出るのです。


去年の資料では、
沖縄人の男性の平均寿命は、全国27位におちこんだ。
なんとかしなくちゃね!




【八重山の沖縄料理】



沖縄本島に伝わる沖縄料理は、
本来は淡白で質素な魚や野菜が中心の日本的な料理だったが、
1609年の薩摩藩による琉球侵略に続く支配と、第二次大戦後のアメリカによる
30年にわたる沖縄支配の影響を受け、
沖縄の食文化は、本来の沖縄料理の持つ個性が失われ、
「チャンプルー」に代表される揚物・炒め物が主体の料理へと変わっていった。

当然、今ではチャンプルーも立派な沖縄料理のひとつだが、
実は、本来の沖縄料理というのは、もっと淡白で質素で、
↓こんな、日本料理に近いものだったのだ。


濃厚な味付の薩摩(鹿児島)料理と、
戦後、アメリカが持ち込んだ缶詰やファーストフード、油脂食品の影響で、
脂っこい濃味の料理が沖縄料理の定番だと思い込んでいる人や、
輸入牛のステーキや輸入伊勢エビのローストなどが、
代表的な沖縄料理だと思っている人が多いが、沖縄料理は、それだけではないのだ。

薩摩・アメリカの影響をあまり受けなかった八重山の料理は、今でも沖縄本島の料理とは趣が異なり、
ずいぶん薄味で、日本料理に近いものだ。

沖縄でシーミー(清明)祭などで供される「らふてぃ」や「天麩羅」などの
揚物を中心とした沖縄本島の重箱とは違って、
八重山の重箱は、ずいぶん淡白で日本的な味付けで、
揚げ物料理の数も沖縄本島のそれよりはずっと少ないのだ。

重箱の主役は、かまぼこ・野菜や昆布の煮物・魚の天ぷら・豚肉の煮物などで、
もうひとつの重に詰められているのは餅だ。

この八重山の重箱料理はなかなかイケルのです。
   


ときどき、この重箱のお裾分けを貰う とても美味い



【八重山の魚】


八重山は、太平洋の真ん中の島なので、もちろん、魚介類は豊富なのだ。

でも、
八重山の魚はおおむね脂がのっていない。



カツオは、春カツオと呼ばれるように、春の到来を告げる魚だ。
黒潮の流れに沿って北上し、5月頃に日本近海にやってくるのが「初鰹」で、
江戸っ子は「女房を質に入れて」でも食べるのを粋としたらしいが、
それでも「初鰹(上り鰹)」よりは秋の「戻り鰹」のほうが脂がのって美味いと言われる。

八重山のカツオは、この「初鰹」になる2,000kmも手前の海域に住んでいるカツオで、
これから黒潮にのって2,000kmの旅をして来年4〜5月に土佐沖あたりに辿りつき、
やっと「初鰹」になるという、言わば「初鰹のタマゴ」のようなものなのだ。
当然、脂の“のり”は内地の「初鰹」よりもさらに悪いのである。

3月〜5月頃に日本で獲れるものを、初鰹(上り鰹)と言い、「目に青葉…」や「女房を質に入れても…」で詠われている鰹は、この時期のもの。
次に、9月から11月の秋口に獲れる鰹を戻りかつお(下りかつお・トロかつお)と言い、この時期の鰹は、脂がのっており刺身やたたきに人気がある。

春から黒潮に乗って日本近海を北上する「初ガツオ」とは対照的に、餌の豊富な三陸沖で夏を過ごしてから往路を南下するのが戻りカツオ。マグロのトロのように脂が乗っているため、秋の味覚として人気がある。

カツオの幼魚は、北緯20度以南の低緯度域で成魚に達した後、南北方向に回遊しながら、3月になると先島諸島の南に出現する。
このカツオが4〜5月にかけて沖縄諸島・奄美諸島・トカラ列島と北上して本土へ行く。
         

マグロもこれと同じことで、シビマグロやビンナガ、キハダマグロ、クロマグロ(本マグロ)など、
八重山近海で生のマグロが獲れるが、脂の“のり”は悪い。
赤身のあっさりした刺身の好きな人は、この島のマグロの赤身は新鮮で最高だろう。
八重山の本マグロの漁場は白保の南東が主な漁場で、
約48kmのはえ縄に1,200本の針をつけ、ムロアジをエサにして釣るのだ。

僕は、この島に越して来てから、
1軒だけマグロのトロの美味い店を見つけて、こっそり通っていたが、
つい最近、ふと気になって板さんに尋ねてみた。
「このマグロは何処のマグロ?」

板さんは、誇らしげに胸を張って、
「築地から空輸してます。」と答えたのだ。

う〜ん、考えさせられてしまう・・・

でも、最初では、馬鹿にしていた八重山の赤い魚や緑の魚も、
食べようによっては、なかなかイケルことに最近気づいた。


こんな魚は、「ハタ」や「アコウ」の仲間で、
鍋や薄味の煮付け、刺身などで食すと、淡白な白身でとても美味いのだ。
しか〜も安い、いいことです。


いつでも暖かい八重山には鍋料理を食べる習慣はないみたい・・・




【味の素の回し者】



八重山人(やいまんちゅー)は、八重山の食文化には相当の自負があり、
たまに僕が料理を作って八重山人(やいまんちゅー)に食べさそうとすると、
「内地人(ないちゃー)の作ったものが食べられるかな?」などと、
ナマイキなことを言うのだ。

でも、
僕が彼らの食べたことのないような純日本料理や
フランス料理モドキのオシャレなのを作って食べさせると、
「美味いさ〜、美味いさ〜。」と言って美味しそうに食べ、
後で「レシピを教えてくれ。」などと言ってくるところをみると。
ほんとに美味しかったのだろう。

たまには、「ダシが効いてない。沖縄料理はもっとダシを効かさなきゃ。」
などという人も居るが、
そんなとき、僕は「ほんだし」を山ほどかけてやることにしている。

そうすると大概、「美味いさ〜。」ということに落ち着くようだ。

沖縄というところは、昆布が採れないのに、昆布の消費量が日本一だったり、
カツオブシも大量に消費するところだ。(宮崎や土佐の鰹節製法が明治に沖縄に伝わった)


でも、
戦後の沖縄では、こんな本物のカツオブシや昆布よりも、
「ほんだし」や「味の素」のほうが一般的で、
現代の沖縄人は、化学調味料に舌が馴染みきっているのだ。

僕の知っているそば屋の親父は、
そばダシを作るのにドンブリ一杯くらいの「ほんだし」を使う。
ほとんどの八重山人(やいまんちゅー)は「味の素食品」の回し者ではないかと思う。

これには何やら国際的な陰謀も感じられ、とてもおそろしいことである・・・・・・


石垣人は、「ほんだし」さえ効いていればいい料理だ」思っているようだ
でも、だしは鰹のみにあらず イリコだしも椎茸だしも・・・美味いんだよ




【1リットルにあらず】




沖縄の牛乳パックの表示をよく見ると、容量が1リットルではない。
1リットルに54ml少ない946ml、なんだか少し損したみたい。

この中途半端な数字は、4分の1ガロンというアメリカ式の計量単位で、
アメリカ統治下時代の名残なのだ。
米1ガロンは3.784リットル、半分の量がハーフガロン、
四分の一の946mlはクオーターガロンと呼ばれており、
中途半端に見える946mlも、れっきとした米ガロンの単位なのだ。

本土からも1リットル入り紙パック飲料や牛乳が入ってくる時代に、
いまだにアメリカの時代のガロンの単位が違和感なく流通し通用する、
ん〜ッ。沖縄って、やっぱりスゴイ。

この島のおじぃ・おばあと話していると、時々ドル($)の話が出てくる。
「昔は、駄菓子屋のアメが10本1ドルだった」とか、
「子供を大学にやるので土地を1,000ドルで売った」とか、
聞いてはっとさせられることがある。

ああ、そうだった。この島は40年前まではアメリカだったんだ・・・・


アメリカの発音も、八重山人は英式にAME”RICAと発音するのだ




【ドラゴンフルーツ】




ドラゴンフルーツは中米原産のサボテン科の植物で、
この10年ほどの間に沖縄で急速に広がった園芸作物だ。

帰化台湾人のお百姓が沖縄に持ち込んだのだが、
この島の気候に合って、栽培が簡単で、手間がかからず、
まだ生産数が少なく珍しいので、1個600円くらいする効率の良い作物なのだが・・・

まったく美味くない!

「癖がなく、さっぱりした甘さ」だとか、「太陽の恵の自然食品」だとか、「カロチンの豊富な食品」だとか、
いろんな宣伝文句はあるようだが、

ちょっとキーウイに似た匂いと食感があるものの、
単独で食べるとほとんど旨みというものがないのだ。

八重山のレストランでは、このフルーツに、
ヨーグルトやコンデンスミルクや生クリームをかけて出してくるのだが、

これは、逆に言うと
ヨーグルトやコンデンスミルクや生クリームをかけないと美味しくないということで、
それ単独では食べても楽しくないのだ。

ドラゴンフルーツ農家の人には悪いけど、僕はパスです!

でも、この島のマンゴーやパインの旨みだけは尋常ではなく、

僕はあえて「世界一」という評価を下します。


柿とか栗とか桃とか・・・そんな日本の果物も恋しいね




【八重山そば】




八重山には、「八重山そば」というラーメンのような食品がある。

この「八重山そば」は、いわば和風中華そばで、
鶏がら・豚骨・カツオ・昆布などでダシを取り、
ラーメンよりは少し太めの小麦粉の多い麺で食べるのだ。

うどんでも、そばでもない八重山そば、沖縄を食文化の面から見ると、
本土から伝わったものの他、中国系の要素が混じっているのが分かる。
この八重山そばはその代表的な食品で、
「そば」とは言うものの、そば粉は使わず、小麦粉を使う。

 食べて見ればわかるが、中国の麺や日本のうどんの仲間で、
麺の太さも両者の中間ぐらいだ。

島では大抵の飲食店で、八重山そばを味わうことができ、
食堂はもちろんのこと、喫茶店や居酒屋にも置いてある。
八重山人はこのそばが大好きで、島の昼食の70%は「八重山そば」に違いない。

商売=食堂=八重山そば屋というのがこの島の常識だ。
脱サラして何か商売をしたいという島人の相談に2回のったことがある。
2人とも同じように「そば屋を開業しようと思うんだけど・・・」
と、真剣な顔で切り出したものだ。


1軒だけ和そばの美味い店があったけど、1年でつぶれました(ーー;)




【輸入食品たち】



アメリカに統治されていた沖縄にはとかく輸入食品が多いのだが、
特に八重山には、台湾から輸入された食品が圧倒的に多い。

八重山には1000人ほどの帰化台湾人が住んでいて、(もちろん日本人)
夏休みなどには、台湾の親戚を尋ねて船で台湾に里帰りする。
台湾(基隆)−石垣間はたったの277kmしか離れておらず、
定期船があった頃には8時間強、12,500円の短い船旅だったのだ。

里帰りの日本土産は、カップラーメン(金ちゃんヌードルが人気らしい)がダントツで、
台湾土産は、「豆腐よう」や漢方薬が多かったのだが、
最近では扇風機やテレビ・電化製品を台湾土産に持ち帰る人が多い。

豆腐よう


1971年中国と交易があった琉球王朝時代(日本の鎌倉〜安土桃山時代)、
豆腐ようのルーツと言われる乳腐(にゅうふ)が中国から伝えられた。

乳腐は、中国の庶民的な食品で塩辛くてクセの強い味でしたが、琉球の先人
たちは、乳腐から食塩を減らし、風味を増すための工夫を重ね続けた結果、
かすかな泡盛の香りとチーズと練りウニを合わせたような風味を持つ淡泊で、
舌ざわりなめらかな「豆腐よう」を作り上げたのだ。

今の台湾は日本を超える工業大国で、安い=悪いという従来の常識は通用せず、
日本製に引けをとらぬ安くて良い工業製品が大量に出回っている。

僕が子供のころには学校で、
「資源の無い日本は、原料を外国から輸入して工業製品を輸出する」と習ったが、
今やその立場は逆転したのだ。

週に1回、台湾からの観光客を大勢乗せてやってくる豪華観光客船の台湾客たちは、
少し前には石垣島の電気屋でコンポやテレビなどを買物していたが、
今では、街のスーパーで日本の食品を買って帰るようになった。

アジアの入り口のこの島で生活するうちに、こんな東南アジアの実態を、
自然と目にすることが多くなり、なんだかとても国際人になったようで、
経済ウンチクのひとつも語りたくなってしまうのだ。

そして今日も我が家の食卓には、
ノルゥエー産の塩鯖やオランダやデンマーク産のポーク缶詰のメニューが並び、


僕は、台湾製のCPUの載ったパソコンで、この原稿を書いているのです。


食品の話じゃなくなったね……




【石垣牛】


 

「石垣牛」というブランド肉がある。

平成11年に沖縄で開催されたサミットの夕食会で、
クリントン前大統領も食して絶賛したというのが石垣牛だ。
それもそのはず、全国の有名ブランド(但馬牛・神戸牛など)の約7割が、
石垣島で生まれ、8ケ月ほど島で飼われた子牛たちなのだ。

石垣島の牛肉が美味いのは、年中、豊富に育つ海風によるミネラル豊富な牧草を食べて、
島の人間同様、のんびり・ゆったりとストレスなしに育った母牛から産まれるからだ。
海に囲まれた牧場で自然放牧でのびのび育った、
そんな石垣牛の肉が美味しくないわけがないのだ。

沖縄は「牛飼育の蛇口」と呼ばれる。
温暖な気候のため年に5回も牧草が収穫でき、
牛の懐妊率が高くて、ほとんどの母牛が1年1産するから、
沖縄の子牛供給が止まれば、蛇口を閉めるように子牛が供給できなくなるからだ。


石垣牛の肉質は、柔らかくて霜降りの味が濃く、一度食べると忘れ難い。

この牛肉はとても美味い、いい肉なのだが、最近は深刻な肉不足で大変だ。

と言うのは、
八重山のお百姓は、みんなとても貧乏なので、
成牛になるまで牛を飼育する資金がなく、子牛の段階で内地に売られてしまうため、
島で食べる成牛の肉が足りず、しかも、島で買ってもとても高いのだ。

誰かなんとかしてください!僕は、この食材こそが、
石垣島が全国に誇ることのできる最高の食材だと思っているのです。


石垣島に来たら必ず食べてね




【イセエビ】




八重山には「カノコイセエビ(鹿ノ子伊勢海老)」というエビがいる。

もちろん、これも立派なイセエビの仲間なので、
造りにしようが塩焼きにしようが、味噌汁(これは特に絶品)にしようが・・・
とても美味い。

しかも、
このイセエビは安いのである。

内地のイセエビの1/3ほどの値しかつかず、それでいて美味い。

ところが、皮肉な事に、
このイセエビの天敵はタコ類で、タコ類の天敵はウツボ類なのだ。

ウツボの仲間も、よく市場に並ぶが、1キロ当たり200円ほどの値しかつかない。

キロ200円のウツボが、キロ800円のタコを食べ、
キロ800円のタコが、キロ1500円のイセエビを食べる。

キロ1500円のイセエビを、
キロ100万円?の人間が食べるのだ。

これはまさに、
海産物市場経済に逆転する輪廻を描く
実に不思議な食品であると言わざるを得ない。


内地では数えるほどしか食べたことのないイセエビを僕は年に5回は食べる




【シレナシジミ】



シレナシジミという世界最大の大シジミがあり、成長した殻長は10〜20cmもある。

石垣島や西表島のマングローブ林の泥の中に生息していて、
最近では数が少なく、沖縄県では「絶滅危惧種」に指定されているのだが、
伝統的な八重山の食材としての一定の地位を得ている。



これでもシジミの味噌汁 大きな中華そばの丼が1個で一杯
シレナシジミおそるべし
でも、どう料理してみても泥臭さは消しきれない

食材としてのこのシジミについては、いろんな意見があって、
硬くて食べられないという人も居れば、
味が濃厚で、とても美味いと絶賛する人も居る。

僕の個人的な見解では、
豪快な網焼きや味噌汁などにすればなかなかイケル!
と、思う。

しかし、
シジミの味として考えると、一般のシジミのような繊細な味わいはないし、
全体が大き過ぎて、網で焼くと貝汁が飛び出してコンロの火を消してしまうし、
完全に泥を吐かせるのが難しく、下手するとまるで泥を食っているように臭いし・・・、

もともと数が少なく絶滅しかかっている希少な個体を、
あえて無理をして採って食べなければならないほど美味い食材ではないと思う。

そんな食材は、八重山にはとても多く、
ヤシガニリュウキュウイノシシ・シレナシジミ・ノコギリガザミなどなど、

どれもこれも、お上が「絶滅危惧種」などと指定してくれなくても、
誰が考えても絶滅一歩手前の希少生物たちなのだ。

みんなそれなりに美味いが、な〜るべく食べないに越したことはない。
分かっちゃいるけど、食いしん坊の僕はイノシシ肉は好きだし、ガザミも鯨肉も大好物で・・・・・・

人が生きていくのはとても辛いことなのだ。


話は変わるが、このシレナシジミは、八重山では、
平安時代の貝合わせのハマグリのように、内側だけでなく、裏表に彩色絵を施して、
家を建てるときの棟上げの飾りとして使われていたというが、
今では、そんな風習もほとんど廃れた。
日本の貝合わせのハマグリ


世界最大のシジミも、まだまだ八重山では健在だ




【ゴーヤ(苦瓜)】



沖縄料理と言えば、誰もが思いつく食材がゴーヤ(苦瓜:にがうり)。

沖縄へは東南アジアや中国あたりから15〜16世紀頃に伝わったとされていて、
日本(大和)にも同時代に伝わったようだが、

日本では、ゴーヤが伝わってから何百年もの間、
鹿児島や宮崎県の全域や四国の高知や宇和島あたりをウロウロしただけで、
けっして、それより北方へは行くことのなかった地域色の濃い夏野菜だ。

僕が初めてこのゴーヤ(苦瓜)を食べたのは、
30年ほど前の宮崎県の小林で、
そのときには、
「なんて苦い野菜なんだ。」というのが正直な感想だった。

このとき食べたのは、強い苦味の日本ゴーヤの原種と言われているものだったようで、
現在のゴーヤとはずいぶん違う。
現在、広まっている品種は「群星(むるぶし)」や 「汐風(しおかぜ)」など、
在来種の交配を重ねた末に、平成も間近になって作り出された品種改良型で、
ずいぶん苦味が失せて食べやすくなった。

沖縄では、中長ゴーヤ・あばしゴーヤ・願寿(がんじゅう:頑丈/健康)ゴーヤとか呼ばれる。


でも、僕は
30年前に初めて宮崎で食べた
素朴でびっくりするほど苦かったあのゴーヤの味を懐かしく思い出すのだ。



スイートコーンも悪くはないが、昔の硬いトウモロコシは旨かったね




【泡盛】



沖縄の酒、泡盛は、酒税法上、蒸留酒/焼酎に分類される。
ウイスキー類を除くアルコール度数45度以下の蒸留酒が焼酎で、泡盛もこの部類に入るのだ。

この泡盛が他の焼酎と異なる点は、その製法と原料にあって、
 泡盛の原料は米だが、日本の米(ジャポニカ種)ではなく、タイ米(インディカ種)を使用し、
原料米すべてを黒麹菌(アワモリ菌)で麹(こうじ)にし、水と酵母で仕込む「全麹仕込み」で仕込む。
黒麹を使用するのは、黒麹菌が生成するクエン酸の働きで醪(もろみ)が腐敗するのを防ぐためだ。

沖縄の泡盛の原料がタイ米なのは、別にタイ米が美味いからということではなく、
隆起珊瑚礁の沖縄には、本来、「山」がなく「川」がないので、「水」が少なく、
基本的には水稲栽培が出来ない土地柄なので、
琉球王朝時代から、主食の米もみんなタイ辺りからの輸入に頼ってきたからだ。

※沖縄県でまともな山川があるのは石垣島と西表島だけ
この2島だけが火山島だ

もともとの泡盛の醸造は、マキを燃やしてこんな桶で蒸留した。

こんな泡盛のなかで、
アルコール度数45度を超える「花酒(ハナザキ)」というのがある。
酒税法上の特例で、
与那国でのみ、その製造を許されている泡盛である「花酒」は、アルコール度数が60度という日本一、強い酒だ。

この「花酒」とは、泡盛の蒸留の工程で最初に出来るアルコール度数の高い泡盛のことで、
与那国には、国泉泡盛・入波平酒造・崎元酒造所という三箇所の花酒の酒造所があるが、
与那国の島人(しまんちゅ)がいつもこんな強い酒を呑んでいるかというと、そうではなく、
彼らは、40度前後の普通の「泡盛」を7(水):3(酒)くらいの水割りで呑む。

この花酒は、遠来のお客が来たときの特別な酒、またはお客に持たせる土産用で、
要するに、客をビックリさせるための特別製の酒ということなのだ。


この花酒には、楽しい酔い方があって、
冷凍庫に入れても、花酒はアルコール度数が高いのでカチンカチンには凍らない。
ドロリとした半氷状態の花酒をスプーンで食べると、シャーベットのようで、なかなかイケる。

火をつけると青白い炎を出して燃えるが、素晴らしい芳香が漂い、香りに酔うことができるのだ。


世界中で酒文化のない民族は二つぐらいしかないと言われている
どんなに文明が遅れてる所でも、何らかの酒が存在するらしいし、
猿だって酒を造るんだもんね。




【島ラッキョウ】



沖縄には「島ラッキョウ」という食物がある。

「島ラッキョウ」は、生でも食られべる香辛野菜で、内地のラッキョウに比べ細長く、独特の風味がある。
内地の野蒜(ノビル)のような味で、野性味があってなかなか美味い。




寒暖差の少ない沖縄には、実のところ、あまり美味しい野菜がないが、この島ラッキョウはとてもイケル!

水洗いしたものを生で鰹節と醤油をかけて食べたり、天麩羅にして食べたりするが、
僕は薄衣の天麩羅に塩を振って食べるのが好きなので、
島ラッキョウの季節に居酒屋に行くと、必ずこいつを注文するのだ。

栽培も簡単で、短期間で収穫でき、台風も気にならない優れものだが、いつでも品薄だ。
もっと作ればいいのに、どうして作らないのか・・・・、不思議な作物である。

同じようにいつでも品薄なものに「島唐辛子」がある。


島ラッキョウも島唐辛子も、遊びで庭に植えてみると簡単にできるのに・・・・
消費者の人気があって品薄で、作れば必ず高値で売れる作物なのになんで作らないのか?
百姓でない僕には、そのあたりの沖縄農業の生産・流通の仕組みがさっぱり理解できないのだ。

逆に、金にならない作物の代表格であるサトウキビしか作らない沖縄の農民はみんな貧乏だ。
金になるマンゴーは設備投資に金がかかりすぎて不安も多い。

島ラッキョウ・島唐辛子・ウコン・柑橘類・ハーブや観葉植物、薬草・花卉類なんかで、
もっと効率的な営農をする術はないのか・・・。とても気になる。



沖縄には、もっと知恵を出す農業が要る
これには官僚農協の陰謀?も感じるね




【似て非なるもの】


「似て非なるもの」という言葉がある。

八重山では、ときどきこの言葉にぴったりのものに出会う。
最近、出会った似て非なるものは「鰻丼」と「肝吸い」だ。

「うなぎ」と「炭火焼」という幟旗につられて島の料理屋に入った。
メニューを見ると鰻丼と肝吸いがある。
鰻丼を食べさせる店は石垣島にも何軒かあるが、
ここに住み始めてから「肝吸い」というものには出会ったことがなく、
沖縄人は肝吸いを食べないのかと思っていたので、
大喜びで鰻丼と肝吸いを注文した。

カウンターに座った僕の前で、店の親父が
冷蔵庫から半加工品の鰻の白焼きを取り出して炭火で焼き始める。
脂ののらぬ痩せっぽちの細鰻には串も刺していないし、
事前に白焼きして置いてあった鰻を焼きながら小さな刷毛でタレを塗るのだが、
あの短時間の仕事でタレが鰻に馴染んでいるとは到底思えない。

そのうち、親父は浅いお重を出して飯を盛って焼いた痩せ鰻を乗せ、
タレの壷から冷めたタレをかけはじめる。

この頃からムッとしてはいたのだが・・・・第一これは「鰻丼」ではなくて「鰻重」ではないか。
丼に盛るから「鰻丼」だろ。

腹が減っていたので、
飯と鰻と辛目のタレがまったく合っておらず、白飯10の中に3の割合で痩せ鰻が乗っかって
白飯のほうが断然多いという最悪の「鰻丼」ならぬ「鰻重」を無理やり口に押し込み終わった頃、
忘れていたかと思っていた「肝吸い」が白い陶器の丼にレンゲ付で出てくる。

汁は白濁していて肝臭い。

肝吸いというものは、鰻の肝とあっさりした出汁の吸い物との相性で食わせる料理で、
ほろ苦い肝が優しい味の汁と上手く調和して、心がほっとするものではないのか。

陶器のレンゲですくって飲む、
椀の底の見えないほど白濁した肝臭い「肝吸い」なんてこの世にあるか?

この店のものは「肝吸い」という料理とはほど遠く、
これは「鰻の中身汁」「鰻の内臓スープ」というものだ。

あの日本一まずくてお粗末な鰻料理に至ってはもうなんとも評論のしようもない。
鰻料理というものは、
甘めで照りのある醤油タレのしみこんだホカホカご飯に山椒の香り、
店の外にまで広がる香ばしく甘い香りが身上ではないか。

無性に腹が立って、「お前、鰻や肝吸い食ったことないだろう!」と
喉元まで言葉が出たが、あまりのまずさに馬鹿らしくなって喧嘩売るのは止めときました。

僕はもう二度とこの店の暖簾はくぐらない。

腹が減っていたのでヤケクソで完食してしまったことが悔やまれる。
一口食って残すべきだった。口直しにマックスバリューの冷凍中国鰻が食いたい。1200円返せ!
これは「似て非なるもの」、けっして「鰻丼」や「肝吸い」と呼ばれる料理ではない。

↓この写真がホンモノの鰻重と肝吸い、僕はこんなのが食べたい。


沖縄には、石垣島と西表島以外には河川というものがほとんどなく、四方を海に囲まれていて海産物が豊富で、鰻などの川魚を食べるという食習慣が薄い
そんなことも分からないわけではないが、自分が知らないものを調理して客に出そうという根性はたいしたものだと逆に感心してしまう
八重山人(やいまんちゅ)恐るべし




【浜崎の奥さん】


石垣島には、「ハマサキノオクサン(浜崎の奥さん)」と呼ばれる魚が居る


なんでこんな名前なのかと言うと、

昭和初期に島にあった「浜崎商会」という鰹節屋の奥さんが
毎日、毎日、島の市場にこの魚を買いに来る。
あまりに毎日のことなので、市場のおばさん達は、この魚を「ハマサキノオクサン」と呼びはじめ、
いつしかこの名前が、この魚の固有名詞として定着してしまったと伝わるが、
この名前が通じるのは八重山諸島でも石垣島だけだ。

この魚の和名はトガリエビス(尖り恵比寿)、沖縄名で「アカイユ(赤魚)」という、
キンメダイ目イットウダイ科の魚で、
キンメダイの仲間だから、当然・・・美味いのだ。

石垣島の街の居酒屋の定番メニューには、
「ハマサキノオクサンの煮付け」とか、「ハマサキノオクサンのマース煮」とかがある。

トガリエビスは岩礁域やサンゴ礁に居り、夜行性で、夜釣りでよく釣れるのだ。
大きいもので40センチほどの、不細工で鱗の硬い、一見すると不味そうな魚だが、
上手く調理した「マース煮(潮煮)」は絶品だ。

僕は、こいつが釣れると、


こんなにして食べる。これは淡白でとても美味い。

「マース」とは、沖縄方言で「真塩」と書くと言われ、海から採る塩のことだ。
マース煮は、もともとは漁師が海水で魚を煮たことに始まるらしい。マース煮に醤油は無粋、シークワーサーなどの柑橘類はよく合う。僕は少しだけ昆布と酒を使って蒸すように調理する。
マース煮は、白身の魚なら何でもイケルので、内地でもメバルやカサゴなどで試してみればいい。塩は海水を意識して少し多めに、酢橘なんかをかけて食べるとクセになる。

魚の名前ほど、狭い地域差でコロコロ変わるものはないが、
さすがに「浜崎の奥さん」とは、
ありそうで、なかなか何処にもない八重山らしい楽しいネーミングだと思う。
でも、
これを釜茹でにすると「浜崎の奥さんの釜茹で」になり、
丸まま焼き物にすると「浜崎の奥さんの姿焼き」になり、
皮をはいで剥き身にすると「浜崎の奥さんの裸身」となり、
なにやら艶かしい名前で、どんな奥さんなのか気になる。

いずれにせよ、調理法によってちょっと頂けない名前になるという変な魚なのだ(*^_^*)




ヒゲがあるので「オジサン」という名のウミヒゴイの仲間も居るが、

この呼び名は沖縄だけでなく、全国どこに行っても通用し、似たようなヒゲのある魚はみんな「オジサン」と呼ばれる。高知の一部の地域では、このウミヒゴイの仲間のことを総じて「イタガキ」と呼ぶ。土佐出身の明治の自由民権運動の志士で、「板垣死すとも自由は死せず」という名言で有名なヒゲの「板垣退助」のことだ。
人が考えることは、だいたい同じだが、オジサンは身が柔らかくてあまり美味くないのだ。



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