7月の八重山


夏の海遊びと豊年祭 <八重山の夏 海遊びと豊年祭>

このページは、毎月1回、その月の八重山を紹介していく歳時記のページです。
不思議の国、八重山の歳時記は内地のそれとはちょっと違うのです。

7月の八重山歳時記

八重山の7月、燦燦(さんさん)と輝く亜熱帯の太陽は、容赦なく紫外線をあびせる。日本の南の端っこ八重山に輝く太陽は強烈で、気温はあまり高くなくても紫外線の量は関東地方の5倍とも言われる。
  
いよいよ夏も本番、八重山人(やいまんちゅ)が待ちに待った海遊び(沖縄方言でウミアシビー)の季節の到来だ。
八重山では、オジィもオバァも海は大好きで、ウミアシビーと称する貝拾いやビーチパーティー、海藻採りなどを楽しむ人たちで夏の浜辺は賑わう。
でも、実際に水着を着て海に入る人はマバラで、ほとんどの八重山人は服を着たまま、ともかくひたすら浜でBBQしたり、魚介類を捕ったりして海と一緒に遊ぶのだ。ビーチで、内地から来た観光客と島人(しまんちゅ)を見分けるのはとてもたやすい。ビキニやセパレーツの水着を着ているのは観光客、Tシャツを着ているのは島人だ。

海は八重山人の心の故郷であり遊び場であり、いろんな島人(しまんちゅ)の夢を育んできた揺り籠だ。
四方を大洋に囲まれた八重山では、何もかも、新しいものはみんな海の向こうからやってくる。海の向こうからやってくるものは、いいものばかりとは限らない。西暦1500年には首里王府の八重山遠征軍約三千人の兵士を乗せた46隻の軍船がやってきて、武力占領されたし、薩摩軍の軍船もやってきたのだ。

それでもやっぱり海は未知の楽しいものを運ぶ。
八重山に自生するヤシ類の樹木で、ココヤシとかマニラヤシとかのほとんどは、黒潮に乗って「名も知らぬ遠き島」から流れ着いてここに自生したヤシの木だ。



こんなことも 2011/06/30 琉球新報の記事より


漂流漁船、20日ぶり発見 沖縄から高知、船長無事

高知海上保安部は6月30日、6月上旬から行方不明になっていた沖縄県の漁船と船長の男性を、高知県の室戸岬の沖合で約20日ぶりに発見したと発表した。
同海保などによると、見つかったのは沖縄県伊江村の島袋良光さん(70)。「エンジントラブルで漂流した。このまま発見されないのではないかと不安を持っていた」と話しているが、衰弱した様子はなく、元気だという。
同日昼ごろ、航行中の外国船が「船が漂流している」と第5管区海上保安本部(神戸)に通報した。伊江村の伊江漁協によると、島袋さんは6月8日、ソデイカ漁のため1人で漁船に乗り、伊江港を出発、18日ごろ帰港予定だった。




海遊び

八重山の海遊びの代表格である海水浴やシュノーケル、八重山には場所さえ選べば船で沖へ行かなくても、海に慣れながら陸から軽く泳いで行って素晴らしい珊瑚礁に出会える場所がある。

泳いだり、貝拾いしたり、ビーチで昼寝したり・・・・シュノーケルやダイビングだけをマリンレジャーだと思って「わたしには無理」と思っている人は間違いだ。「海遊び」は誰にでもできる。

僕らの祖先は海からやってきて日本に住み着いたが、現代人は、文明の発達につれて海遊びを忘れてしまったのでしょう。八重山がこんなにも人々を魅了するのは、ここに素晴らしい海があるからだ。


海に行けばみんなこんな笑顔で

星の砂でもあったかな?

誰でも出来るシュノーケル!

思わず笑顔がこぼれます

陸からちょっと泳いで、ステキな珊瑚礁や熱帯魚に出会えるところもあります
ビーチパーティー(ビーチパーリー)

沖縄の夏の海遊びで忘れてならないのはビーチパーティーだ。
浜辺で、テントやタープを張りバーベキューしたりする事を沖縄ではビーチパーティーと呼び、沖縄本島あたりでは発音よく「ビーチパーリー」と言うこともある。
あまり決まったスタイルはないが、要するに気の合った仲間と海辺で飲んで、食べて、遊んで、踊ったり、歌ったり、たまに寝たりして過ごすのだ。

「パーティー」と言うくらいなのであまり少人数では行わず、20人位で行うのも珍しくはない。元々は、沖縄本島の米軍基地関係者が、休日の過ごし方として持ち込んだとされているが、それ以前から沖縄には「毛遊び(もーあしび)」と呼ばれる風習があり、海辺などに男女が寄り集まって、歌ったり踊ったりして楽しい夜を過ごしていたようなので、気質的にもビーチパーティーは沖縄人にぴったりのレジャー(海遊び)と言える。今日では、沖縄全域で夏の休日の過ごし方として普及しており、娯楽施設の少ない八重山でも夏の定番レジャーとなった。

不思議なことに、海辺でやる割には水着を着て参加する人が少なく、当然、合間に海に入って泳ぐ人も少ない。
これは島人が、海に行けば当然泳ぐ(水に入る)という内地人の感覚と違って、干潮時に干潟を歩いたり、水には入らなくても浜辺でゴロンと横になったりする事を含めて「海遊び」と捉えているためだ。



そんなわけで、真夏の八重山はやっぱり海だぜぃ!



豊年祭(プーリィ)

豊年祭は八重山最大の行事で、豊作への感謝と来夏世(くなつゆ)の五穀豊穣を祈願する祭りです。

※「来夏世(くなつゆ)」というのは、来る夏のこと

  
  村の拝所「御嶽」 とても神聖な場所
 
地区や集落により多少の違いはあるが、この豊年祭は「オンプール」と「ムラプール」に分かれている。
オンとは漢字で「御獄」と表記し、沖縄本島周辺では「ウタキ」と発音し各集落にある拝所の事で、祭事を行う際の中心的な場所だ。

豊年祭では、まず初日にツカサ(祭司)達が中心となって取り仕切るオンプールが行われ、海や山で捕れた自然の恵みや、田畑で収穫した作物を供えて、今年の収穫に感謝の念を捧げる。
2日目には村人総出でムラプールが行われ、来年の五穀豊穣を祈願する神事が取り行われる。旗頭の奉納や奉納舞踊・ミルク(豊作神)行列・綱引きなど、さまざまな奉納が行われ、派手な余興や催し物もある。

  
 五穀豊穣の神「ミルク」は南方伝来の「弥勒」と言われている

行列の先頭、不思議な顔をした白い仮面を被りゆっくりと優雅な動きで行列を導いているのが「ミルク神」だ。「ミルク」は「ミロク」が沖縄方言に変化したもので、「弥勒菩薩」のこと。
でも、ミロクの仮面は布袋の顔をしていて、日本の弥勒仏とは似ても似つかない。これは、沖縄のミロクが、日本経由ではなく、布袋和尚を弥勒菩薩の化生と考える中国南部のミロク信仰にルーツをもつためだと言われる。

近年の八重山では、こんな派手な余興が伴って行われるムラプールに注目が集まりやすく、観光客が目にする事が多いのも圧倒的にムラプールの方だ。
でも、本来はオンプールの方がこの豊年祭の中心で、ちょっと呪術的な儀式が祭司や神司(かんつかさ)たちによって取り仕切られているのだ。さすがは神の国八重山。
   神司(かんつかさ)の祈祷

    
  この旗頭は私が作りました

沖縄本島と比べて、ひと際鮮やかで竿の丈が長く、デザイン的にもバラエティー豊かな八重山の旗頭(はたがしら)は、各集落が持ち寄った奉納物のひとつだ。

この旗頭を力一杯に持ち歩く姿を見ていると、日頃のんびりとした八重山の男達もとても勇ましく、「男の顔」に見えてくるのです。

不思議の国八重山の7月のお話です。