ヤシガニは八重山に生息する夜行性のヤドカリの仲間で、昼間は海岸に近い岩の割目や岩の下の穴の中を巣にして潜んでいて、琉球石灰岩の岩場が多く海岸樹林が発達している場所が主な活動エリアだが、ときには海岸から2Kmも離れた山の中に居たりもする。その行動範囲はなかなか広そうだ。
八重山の海岸樹林帯には金になる植物が少なく人が入らないので、高い自然度が維持されているため、彼らの生息が可能なのだと思う。また、そんなところにはハブも生息していて、人はめったにに立ち入らないので、余計に自然が残されているのだ。
ヤシガニは、夜8時頃を過ぎるとゴソゴソと岩の割れ目の巣穴から出てきて、こんな海岸樹林の中で、「アダンの実」「クワズイモの実」「月桃の実」「クロツグの実」などの結実樹の実を常食としているが、木の実の季節でないときにはミミズや昆虫などの小動物、人家の近くでは、人の捨てた残飯などを好んで捕食しているのを見た。
「オイハギガニ」の別名の通りその食欲は旺盛で、食べられるものは、ほとんどなんでも口にし、ときには自分より小さな個体を共食いすることもある。なかなか獰猛なヤツなのだ。
このヤシガニは、つい最近まで、その産卵は波打ち際で海中に行われ、幼生はプランクトン生活で2mmほどの稚ガニに成長してから上陸し陸棲生活を送るようになると信じられていたが、国内で唯一、ヤシガニの生態研究をしている「独立行政法人水産総合研究センター西海区水産研究所石垣支所」は、2008年12月、ヤシガニが陸上で産卵することを確認、世界で初めて産卵場所を特定し、その産卵行動の撮影に成功した。
これによって従来の定説がくつがえり、ヤシガニが陸上で産卵することが明らかになって英国科学誌で論文が受理され公表された。また、海岸線から約30mも離れたところで交接行動を確認したとも言い、ヤシガニと海とは科学的に切り離された。
僕は、今までに何人もの島人(しまんちゅ)から、「ヤシガニが海に産卵しているところを見た」という話を聞いたが、僕があれほどヤシガニ探しに出かけて、ただの一度も海での産卵現場に出くわしたことがなかったことを疑問に思っていたのだが、やっとその謎が解けた。やっぱりヤシガニは海ではなく陸で産卵していたのだ。
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陸上で産卵するヤシガニ 独立行政法人水産総合研究センター撮影 抱卵したメス |
これほどにヤシガニの生態は闇の中で人に知られておらず、まさに不思議の生物なのだ。
2〜3cmの幼生のころには森の中の地元で「マーニー(和名はクロツグ)」と呼ぶ椰子科の植物の網のような茎の中に隠れて身を守っているのを実際に何度も見た。きっと敵に襲われない最適の隠れ場なのだろう。
稚ガニ期に殻を背負っていると言われていることから(僕は一度も見たことがないので、これも俗説かも知れない)「オカヤドカリ」と混同している地元の人もいるが、オカヤドカリとはまったく別の生物で、ヤシガニの寿命は60年近くあると言われる。
これについても、実際に60年も個体の観察を続けた人が居るとは思えないので、その根拠は薄いが、「西海区水産研究所石垣支所」によれば、ヤシガニは1年で胸長が数ミリしか大きくならないと言う。
ヤシガニは、最大で3〜4s近くになり、僕が現実に見たことのある最大のものは3.5s、全長70cm近くのもの、60歳寿命説がほんとうなら人間で言えば80歳を超えたオジイだろう。図鑑では「最大1s」とも「最大3kg」ともあるが、少なくとも3.5kg以上にはなるということだ。
僕が実際にこの目で見たものではないが、石垣島で過去に捕獲された最大のものは4.5s?あったそうだ。
八重山では、一昔前には、ごく普通に観られる生物だったが、近年は極端に固体数が減り貴重な生物になった。日本では、小笠原諸島や奄美大島以南に生息しているようだが、小笠原、奄美や沖縄本島では乱獲により殆ど絶滅状態に近く、日本でヤシガニをまともに観ることができるのは今や宮古諸島と八重山諸島の一部の地域だけとなった。
※沖縄本島の本部半島などの限られた地域には、まだ生息しているようだ
どうしてこのヤシガニが乱獲されるかというと、ズバリ食べて旨いからだ。
八重山人はヤシガニを見かけると、ほとんど完璧に捕まえて茹でて食べてしまう。伊勢海老より美味しいという人もいるが・・・・・本当のところは珍しいだけで伊勢海老のほうがずっと美味しいと思う。
僕の知人が八重山でこのヤシガニを食べ、あまりに美味しかったので、帰りに生きたヤシガニを捕まえて内地に持ち帰った。土産話に友達を家に呼んでご馳走したところ、誰ひとり美味いと言わない、自分も食べてみたが、なるほど、たいしたことはない。「あれは八重山で食べたから美味しく思っただけだった。」というのが、彼の後日談である。
環境省および沖縄県のレッドリストでは、絶滅危惧II 類、水産庁の「日本の希少な野生水性生物」では、稀少種カテゴリーに指定されている貴重な種、もうそろそろ「食用」にするのだけはヤメタほうがいいと思う。このままヤシガニを食べ続ければ遠からず、国内のヤシガニは絶滅してしまうだろう。とは言え、沖縄にはヤシガニ料理を商って生計を立てている人がけっこう多いので、全面捕獲禁止は困難だ。もっとも沖縄のヤシガニ料理店のなかには、本当は地物ではなくてフィリピンあたりから輸入された冷凍のヤシガニを使っているところも多い。内緒だよ!
左は地物・右は冷凍の輸入物
自然界のヤシガニは3〜4ケ月に一度づつ脱皮しながら成長する。
脱皮期は殻が柔らかく非常にデリケートで、共食いにあわぬよう、ヤシガニは脱皮期は70Cm〜1mほどの穴を掘って穴の中で脱皮し、1ケ月ほど穴の中で体力を回復してから地上に出てくる。ヤシガニの個体の模様は1個体独特のもので、脱皮しても同じ模様をしているので、区別できる。
脱皮する穴をちゃんと塞いでおかないと、後から別のヤシガニが侵入して脱皮中の抵抗できないヤシガニを食べてしまう。ヤシガニたちの世界は非常に生存競争が激しいのだ。
ペットブームで、東京のペットショップで20,000〜30,000円ほどでヤシガニを売っているのをみかけたが、ヤシガニを内地の気候で、しかも飼育箱の中で飼うのは無謀、こいつはやっぱり生息地(八重山)で、少なくとも10u以上の広さがあってヤシガニが「棲み分け」でき、かつ雨露も入ってくる亜熱帯の自然環境下の檻でしか飼育することは不可能だと思う。
僕は3坪ほどの鳥小屋のような小屋を作り、ヤシガニが逃げないように周囲を1mほど掘り下げてコンクリートで囲い、金網で小屋全体を覆って30匹ほどのヤシガニを飼育したことがある。
それだけの大規模な施設を作って本気で飼っても、コンクリートより深い穴を掘って脱出するのも居れば、喧嘩や共食いで死ぬ個体も多く、せいぜい1年弱しか飼育できなかった。
自然界のヤシガニは、11月下旬になると、巣穴の奥深くに潜って冬眠してしまう。次に出てくるのは4月初旬頃で、その間は食餌しない。外気温が20℃より下がると冬眠するようだ。とても30cm水槽などでヤシガニを長期飼育することは不可能だ。当然、60年も生きるものを食用に養殖してコマーシャルベースに乗せることもできない。
僕が飼っていたヤシガニたちは雑食性で、なんでも好き嫌いなく食べたが、彼らの一番の好物は「八重山そば」の麺とペットフードだった。マグロの刺身などは、器用にハサミで切って食べる。
実際に飼ってみると、ヤシガニ君は夕方になるとゴソゴソ出てきて大きなハサミで餌を食べたり、両方のハサミを器用に使って水をすくって飲んだりする。なかなか愛すべきキャラクターを備えており、頭脳もマンザラではないようで半年も飼えば人にも慣れ、手を叩くと集まってきたりもする。 |
僕はヤシガニに催眠術をかけられる。ホントだよ。
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催眠術にかかって寝てしまったヤシガニ 捕まえた! わくわく・ドキドキ |
「ヤシガニ」という名前は、フィリピンあたりで椰子の実を食べることからつけられたようだが、僕自身は、八重山でヤシガニが椰子の木に登って実を食べている姿は実際には一度も見たことがない。自然の中でアダン・タコノキ・月桃・クロツグ・クワズイモの果実などを食べているところは実際に何度も見た。
4月〜10月頃に八重山へ来れば、運がよければ自然のヤシガニに出会えるだろう。懐中電灯頼りの夜の森探検はちょっとドキドキ、スリル満点です。
八重山のヤシガニをめぐっては、いろんな逸話や迷信が多い。
@茹でて赤くならないヤシガニは毒があるから食べてはいけないという説
茹でて赤くならない甲殻類はいない。甲殻類に含まれているアスタキサンチンと結合しているタンパク質が加熱により変性してアスタキサンチン本来の赤色になるので、「茹でて赤くならない」というのはまったくの迷信、赤くならないのは加熱が足りないからで、これでは誰でも食中毒になる。
また、ヤシガニは雑食性で、家庭の生ゴミから毒のある木の実、動物の死骸までなんでも食べる、これらに含まれる毒素や有害物質が、ヤシガニの腸などの消化器に蓄積するので、毒を持つ個体が多いのは事実、僕の知人には現実にヤシガニを食べて死にかけた人もいる。
ヤシガニを食べるときには、腸や胃などの消化器を丁寧に完全に取り除くことが必要だ。
Aヤシガニに挟まれたらライターの火で焙れば離すという説
挟まれた人がいて何度かそうしたが、まったく効き目がない、これも迷信。ヤシガニのハサミの力はとても強く、挟まれれば一大事、もし挟まれた時は慌てず痛みを我慢してヤシガニの足を地につけて安心させてやれば、たいがい離す。
Bヤシガニは子供の頃にはヤドカリと同じように貝に入っているという説
稚ガニ期に殻を背負っているというのは本当のようだが、現実問題として、自然界で「2mmほどの稚ガニ」を発見することは不可能(ヤシガニはオカガニなどのように大量に居ない)で、僕が見たことのある最小のものは2Cmほどで、当然、もう殻はなかった。
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ヤシガニにまつわる数々の逸話やホラ話が多いのは、ともかくもヤシガニ君が八重山の人たちに愛されている証拠だ。八重山の人にヤシガニのことを聞くと、誰もが「夜、海岸に行けば何処にでも居るさー」と言うが、現実には、ほとんど何処を探しても居ない。近年、乱獲によって相当に個体数が減っているのは間違いない。
今では、ヤシガニは、石垣島でもほんの限られた場所にしか生息していないと言っていいだろう。おそらく現実には石垣島じゅうで数千匹居るか居ないかだと思う。やはりこいつは「絶滅危惧種」だね。
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愛すべき珍獣 ヤシガニ君の隠れ家と逮捕まで |
ヤシガニ君に出会うには、夜9時過ぎの時間帯に浜辺に近い森に行き、琉球石灰岩の岩場や好物のアダンの林があるところ、湧水のあるところなどをを探すのがコツ。
アダンの木の下に食べかけのアダンの実がバラバラ落ちていれば、ほとんどヤシガニの仕業だ。
アダン林があって、かつ、近くに琉球石灰岩の岩場がある海岸樹林帯の岩の割れ目や岩の下の穴(巣穴)、草の中、アダンの樹上などを懐中電灯で慎重に探して歩く。
要注意は、ヤシガニの生息地とハブの生息地・出没時間帯は、ほぼ同じだということだ。ジメジメした深夜の海岸近くの樹林帯や岩場には必ずハブも居る。初めての人や夜の沖縄の森林に入ったことのない人には、けっしてオススメできない八重山の夜遊びだ。
ヤシガニは何処にでも居るわけではなく非常に希少な個体なので、経験のない人が初めて探しに行っても、まず100%会えないだろう。
ヤシガニに会いたい人が居れば、ナイトガイドでご案内します。
★4〜10月間なら、ヤシガニに会える確立80% 自然が相手なので、どうしても会えないときもあります
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